作家が愛した奈良の邸（やしき）

近代日本文學(xué)を代表する作家、志賀直哉。
奈良市高畑町に殘された舊居を訪ねれば、家族や友人を大切にする溫かい人柄や、
簡素な美しさを求める精神、奈良という土地への愛著が伝わってきます。

美しき地?奈良に作家が建てた自邸

奈良市高畑町は、東に春日山の原始林と接し、新薬師寺や白毫（びゃくごう）寺にほど近い、歴史と文化の香り漂う風(fēng)光明媚な屋敷町。ここに志賀直哉の舊居はあります。古都に殘る文化財(cái)や豊かな自然に心惹かれた志賀直哉は、友人らの勧めもあって1925（大正14）年から奈良に居を構(gòu)えました。春日大社の社家の跡地に自ら設(shè)計(jì)した自宅を完成させたのは1929（昭和4）年。生涯で23回も転居を繰り返しましたが、ここには1938（昭和13）年に東京に戻るまで暮らしています。

安定した光が入る北向きの書斎。デスクを囲むように設(shè)けられた大きな窓が、美しい緑の景色を切り取っています

その後居住者が変わり、米軍による接収や國の保養(yǎng)所としての使用を経て、1978（昭和53）年、取り壊しの危機(jī)にあったところを?qū)W校法人奈良學(xué)園が買い受けました。復(fù)元工事後、2000（平成12）年には國の登録有形文化財(cái)、2016（平成28）年には奈良県指定有形文化財(cái)に指定。現(xiàn)在は學(xué)園內(nèi)のセミナーや地域文化活動(dòng)の拠點(diǎn)として使われ、一般にも公開されています。

志賀直哉は多くの來客を迎え入れるサロンとして、家族との暮らしを育む場として、そして作品執(zhí)筆に向き合う仕事場として、この住まいを設(shè)計(jì)しました。數(shù)寄屋風(fēng)の造りに西洋のアールデコ様式を取り入れた建物には、數(shù)々の進(jìn)歩的で合理的な工夫や、簡潔さを旨とする美的センスを見ることができます。

當(dāng)時(shí)の寫真（茶室前にて）

集う人々への配慮に満ちたサロン

「志賀直哉は、必要なことを単純化して美しいところを備えていれば居心地良い家になると考えていました」と語るのは、館長の大原莊司さん。この家は無駄をそぎ落とした作風(fēng)で名高い作家がつくり上げた、三次元の蕓術(shù)作品なのだと教えてくださいました。

志賀直哉を慕って訪問する客は引きも切らず、洋畫家や白樺派の仲間や文化人、友人や弟子など、毎月50人前後が志賀家の門戸を叩きました。そうした客をもてなすため、食堂は約20帖もの広さをとっています。食堂の天井はドーム狀のくぼみがモールディングで縁どられた、アールデコ様式を思わせるデザイン。和洋の美が調(diào)和した空間に、東西の大きな窓から光と風(fēng)が入ります。

風(fēng)通しのよい食堂。部屋を一周するアカマツの長押（なげし）が特徴的

食堂の南側(cè)には、自然光で満たされたサンルームがあります。床に敷き詰めた瓦タイルや、ガラス張りの天窓が印象的な空間です。多くの文人や畫家が集って蕓術(shù)を論じたり、娯楽に興じたりしたことから、いつしかここは「高畑サロン」と呼ばれるようになりました。

「若草山や御蓋（みかさ）山の絶景を望む2階の客間にも、志賀直哉の気遣いがよく表れています」と大原さん。客間には作家の小林多喜二らが宿泊したのだとか。長期滯在する客が気兼ねなく過ごせるようにと、家族の生活空間とは離れた位置に設(shè)けられています。

また、裏千家ゆかりの數(shù)寄屋大工が建築を請け負(fù)ったことから、6帖の茶室の造りも凝ったものになっています。志賀直哉本人はここで來客と気軽に話をしたり、將棋を指したりしようと考えたそうですが、実際は家族が茶道のお稽古に使う部屋になっていたようです。

谷崎潤一郎や武者小路実篤など、白樺派の巨匠たちも集ったサンルーム。庇の垂木には北國から取り寄せた白樺材が用いられています

數(shù)寄屋大工棟梁の下島松之助が腕を振るった6帖の茶室

若草山や御蓋山の景色が素晴らしい2階の客間

家族への思いを形にした間取り

志賀直哉は31歳の時(shí)に結(jié)婚し、生涯に2男6女を設(shè)けました。高畑の舊居でも2人の子どもが生まれ、8人の大家族で暮らしたそうです。

「當(dāng)時(shí)盛んだった大正自由教育運(yùn)動(dòng)の影響もあったのでしょう。子どもたちがのびのびと、獨(dú)立心をもって育つよう考えられた間取りになっています」と大原さん。勉強(qiáng)部屋は來客の多い食堂やサンルームから離れた位置にあり、格式高い格天井とコルク床が特徴的な部屋です。また、住まいの中で一番居心地がよい、裏庭に面した南向きの和室が、妻の部屋になりました。

表門を入って石畳の小道を進(jìn)むと、林のように葉を茂らせる木立の間から玄関が見えてきます

室內(nèi)のどこにいても自然の光や風(fēng)が屆き、天然の風(fēng)景畫ともいえる景色を楽しめることも、この住まいの大きな特徴でしょう。前庭、中庭、裏庭という3つの庭と池に囲まれており、春日の杜との連続性も感じられます。大原さんいわく、関東大震災(zāi)を経験した志賀直哉が、防災(zāi)の意義を込めて庭と建物を配置したのではないかとのこと。野鳥のさえずりやモリアオガエルの鳴き聲も心地よく耳に屆きます。

「銅像、記念碑等一切建てるべからず」という遺言に則り、記念館と稱することは避け、遺品などの展示も原則行っていません。その潔さが、志賀直哉の文體のように簡潔かつ無駄のない建物の美しさを際立てているようにも感じられます。志賀直哉舊居は、今日も変わらず訪れる多くの客人を、溫かく迎え入れています。

妻の部屋は南向きの一番良い場所に配置。広縁越しに裏庭の景色が見える快適な一室です

子どもたちの勉強(qiáng)部屋も裏庭にすぐ出られる間取り。勉強(qiáng)を終えた子どもたちが広い裏庭を駆け回る姿が目に浮かびます

志賀直哉と舊居の年譜

1883（明治16）年

2月20日、宮城県陸前石巻町（現(xiàn)?石巻市）に生まれる。

1906（明治39）年

東京帝國大學(xué)文科大學(xué)英文學(xué)學(xué)科入學(xué)。

1908（明治41）年

デビュー作『或る朝』執(zhí)筆。

1910（明治43）年

同人誌『白樺』を創(chuàng)刊。

1912（大正元）年

東京を離れ、広島県尾道市に住む。

1913（大正 2）年

尾道市より帰京。

1914（大正 3）年

京都市左京區(qū)南禪寺町に移る。勘解由小路康子と結(jié)婚。

1921（大正10）年

『暗夜行路』前編の連載開始。

1923（大正12）年

京都市上京區(qū)に移る。

1925（大正14）年

奈良市幸町に移る。

1929（昭和 4）年

奈良市高畑町に家を新築。

1937（昭和12）年

舊居にて『暗夜行路』後編を書き上げ、発表。

1938（昭和13）年

奈良を引き上げ、東京に転居。舊居は翌年、民間人に売卻される。

1947（昭和22）年～

舊居、米軍に接収される。

1949（昭和24）年

文化勲章受章。

1953（昭和28）年～

舊居、厚生労働省厚生年金宿泊所として使用される。解體の話が浮上。

1971（昭和46）年

10月21日、88歳で死去。

1978（昭和53）年

奈良學(xué)園が舊居を買収保存、一部公開。

2000（平成12）年

有形登録文化財(cái)指定。

2009（平成21）年

復(fù)元修復(fù)工事竣工、全面公開。

2016（平成28）年

奈良県指定有形文化財(cái)（建造物）に新規(guī)指定。