霧島の和気神社
- 更新日:2017年12月18日
- カテゴリ:歴史
こんにちは?!?br />


小生は、平成29年 3月まで、霧島連山が勤務地でした 。
山歩きと無駄口たたきが仕事です。
足と口にタコが出來て、現地便りの投稿が出來ませんでした。
現在は、大分県杵築市にある『海のある別荘地』
ロイヤルシティ別府灣杵築リゾートに勤めていて、
毎日魚を釣ってはチリメンづくりに精を出しています。
奈良時代に、鹿児島県と大分県が
一人の官僚で繋がっていた歴史の ご紹介です。
今回の投稿【和気神社】の話題は、
杵築リゾートのホームページで掲載した內容のリメイクです。
掲載內容は下記の順番で、検索も よろしくお願い申し上げます。
杵築リゾート→ 現地便り→ 歴史→ 奈良時代の官僚シリーズ
さて、奈良時代 一人の官僚とは、
和気 清麻呂(わけの きよまろ)様です。
☆ 和気 清麻呂さまメモ
西暦 733年生 ~ 799
ルーツは、備前國藤野郡一帯を治めていた地方豪族:和気氏です。
姉と共に朝廷に仕え、769年 宇佐八幡宮神託事件の解決が有名。
道鏡を駆逐した忠臣なのに、大隅國へ左遷配流されます。
復職後は、平安京の建設遷都など、中央官僚として大活躍しました。
舊:藤野郡(現:岡山県和気郡)
和気氏を氏神とする神社が建立され、
清麻呂様も祖神のひとりとして、お祀りされています。
明治32年から57年間も、10円札肖像モデルを勤められました?!?br />
☆ 霧島の和気神社
終戦直後の1946年 3月 清麻呂さまの配流地に鎮座祭が行われ、
岡山の本宮から清麻呂様が分祀されます。

分祀?祀神された本殿と拝殿を望む參道の赤鳥居
?。ㄉ綂Wの小山の中腹に、お住まいされていた???)
配流地の特定は、1000年以上経った 江戸末期の 1853年。
特定の調査命令を下したのが、
薩摩藩見回りで、大隅國に寄った 11代當主:島津 斉彬公です。

霧島の和気神社の由緒
1985年、岡山県の本営は、
清麻呂さま生誕 1250年記念として、神社の橫に【藤公園】を造り、
沖縄を除く46都道府県から藤が集めました。
霧島も本営にならい、神社の隣に藤の【和気公園】を造園します。
2017年には、



第 14回 藤まつり ?????準備中???(2017年 3月 撮影)殘念??
23種 1000本の藤

藤まつりは、例年 4月中旬から 5月初旬です
また、神社の境內には、邪鬼の進入を防ぐ守護獣がいます。
清麻呂様と縁が深く白い??→ 白貓? 白犬? 白アザラシ?

全く動かず寢ているので、邪気が入りたい放題ですね??
でも、しっかり、境內や拝殿を守っているは、
狛犬では無く、 左右の 狛🐗亥?イノシシ

阿吽形の狛イノシシが守護獣です。
一歩も引かない鉄壁の守り


?。激恳櫎幛扦工??>
日本一大きなイノシシの絵馬

絵馬のサイズ 高さ:8.4m 幅:12m 畳約50帖の大迫力です。
和気公園にある藤棚のなかで、
豊後一之宮 西寒多神社(大分市)の藤棚を見つけたりもしました。

やはり、藤の開花見ごろは、 4月下旬~ 5月上旬がお勧めです!
和気神社の近くには、【犬飼の滝】が有り、
坂本 龍馬が新婚旅行で訪ねたりしています。
來鹿証拠の寫真を添付しますね。
また、二人が新婚旅行で歩いたハネムーンロードを歩く企畫
【龍馬ハネムーンウォーク】が、毎年春先に行われています。

妙見トンネルから更に奧に、二人が泊まった塩浸溫泉が有ります。

ロイヤルシティ霧島妙見臺 分譲地入口の【ハネムーンロード標識】

犬飼の滝 來場の証拠寫真

では、最後に
ロイヤルシティ霧島妙見臺 分譲地の入口にある 一本桜のご紹介です?! ?a target="_blank" class="thickbox" rel="imggrp" href="/shinrin/blog/images/myokendai/186/myokendai_186_144400.jpg">
ヤマザクラ

文責:チリメン「間違ってたら、ゴメンナサイ」
和気神社?。F島高千穂リゾートランドから約 24km)
(寫真は全て、平成29年 3月撮影)